


ベルリン血管病センター留学記
循環器科 医長 篠崎法彦
はじめに
私は2007年7月からドイツの首都ベルリンにあるクイーンエリザベスヘルツベルク病院(Krankenhaus Königin Elisabeth Herzberg)ベルリン血管病センター(Gefäßzentrum Berlin)で,血管カテーテル治療の技術向上のため臨床留学生活を送っています.当院はフンボルト大学(Charité)の教育病院で私が所属するベルリン血管病センターは,ドイツ血管病学会会長のKarl-Ludwig Schulte教授を中心にドイツ有数の血管病治療施設であり年間1500例程度の血管カテーテル治療を行っております.私の留学目的の一つである頚動脈ステント留置術は年間150例程度行っています.
留学まで
私は小倉記念病院で延吉正清先生の御指導を受けた後,当院で心血管カテーテル治療を中心に患者さんの治療を行ってきました.その間,日本では心臓の冠動脈に対するカテーテル治療だけではなく,末梢血管に対するカテーテル治療が注目されるようになり,私も冠動脈と共に末梢血管のカテーテル治療を行ってきました.その治療の際,冠動脈カテーテル治療の知識や技術をもとに治療を行っていたのですが,治療を行い長期成績をみるにつけ,冠動脈治療とは違う面が大きいのではないかという疑問を抱くようになりました.そのような疑問を感じていたときに,2006年3月名古屋で行われた日本循環器学会に招待講演のために来日されていたK-L Schulte教授とお話しする機会がありました.その際に,ドイツでは血管病を専門に見るangiologyという分野が確立していること,数多くの治療を一施設で行っていることをお聞きし,非常に興味を持ちました.施設見学をしたい旨をその場でお伝えしたところ,いつでも良いとのことでしたので,2006年9月に夏休みを使って一週間施設見学に行きました.そこで,やはり血管病を集中して診る体制に驚き,また,ベルリンの壮大な街並みに感動し,一度末梢血管カテーテル治療を中心とした臨床生活を送ってみたいと思い,留学して臨床経験を積むことが可能かどうかをお聞きしました.とうてい無理かと思ってお聞きしたにも関わらず,意外にも,ドイツでの医師免許が取得でき,6ヶ月以上滞在するのであれば手技をさせてあげても良いとのお返事でした.臨床留学するからには,手技が出来ることに大きな意味があるため,この時は非常に嬉しかったです.その時点では日本でまだ認可されていなかった頚動脈ステント留置術を出来るという点も魅力的でした.
このように自分の希望でする留学でしたので,当然病院を辞めることを覚悟の上だったのですが,木村院長,事務長,星野部長の御配慮により,休職という形を取らせていただき,非常に感謝しております.
ドイツでの医師免許を取得するための準備は予想以上に大変でした.以前は比較的容易に医師免許を取得できたようですが,近年EU間の医師の異動が自由になったことに伴いEU外からの医師免許取得は非常に困難になったとのことです.履歴書や日本の医師免許はもちろんのこと,卒業証明書,成績証明書,専門医証,推薦書,健康診断書,ドイツ語能力証明書などに加え,無犯罪証明書や,医療訴訟を抱えていないことの証明書など,かなり多くの書類が必要でした.一部の書類の作成には病院の方々にも御協力いただき本当に助かりました.また,当然のことながら,それらの書類をドイツ語に法定翻訳した上で,大使館で認証してもらうという非常に厄介な作業が必要でした.金銭的にもかなりの出費でした.書類は提出したものの,渡独時にはまだ医師免許は取得できておらず,どうなることかと不安の中での渡独でしたが,渡独後すぐに医師免許が取得でき安心しました.
こちらでの生活
ドイツでは医師の分担性がしっかりしており,私達はカテーテル治療のみを担当し治療前後の病棟管理は別の医師が担当しています.私は毎日朝8時から5~10症例のカテーテル検査および治療を,上級医であるRalf Langhoff医師と共に行っています.彼はカテーテル治療部門のトップであり,数多くの臨床経験に裏付けされた知識と技術を兼ね備え,私の多くの質問にも的確に答えてくださり,彼とのdiscussionは日々非常に勉強になります.このdiscussionこそが滞在の意味といっても過言ではありません.
私は,手技を学びに来たのだからというこちらの先生方の御厚意で,カテーテル治療を積極的にさせて頂き,時には日本では目にすることが少ない珍しい症例の治療にも携わることが出来,非常に貴重な経験をさせて頂いております. 日本ではようやく保険償還された頚動脈ステント留置術も十分に経験でき,腹部大動脈瘤に対するステントグラフト留置術,腹部大動脈狭窄症に対するステント留置術,下肢動脈瘤に対するcoveredステント留置術,腹部動脈に対するステント留置術など日本であまり目にすることが無かった症例も経験することが出来ます.さらにドイツではEUの品質検査を通過した医療器具であれば使用可能であるため,日本では経験不可能な新規医療器具を経験する機会も多くこれも非常に有意義な経験です.例えば,true lumenへのre-entry deviceであるOutback catheterや,debulking deviceのFox Hollowなどは,一部の症例で非常に有用です.
こちらでの生活で残念なのは,冠動脈カテーテル治療に接する機会が少ないことです.Unfallkrankenhaus BerlinのFranz Xaber Kleber教授の心カテ室で見学させていただいたり,ライブに出席させていただいたりして,勘を鈍らせないようにしています.末梢血管カテーテル治療同様,日本では使用不可能な新世代の薬剤溶出性ステントなど新規医療器具が使用可能なのは魅力的ですが,冠動脈カテーテル治療に限れば,一般には日本のほうが技術力は上であると思われます.また,こちらの医師の興味は,弁膜症に対する経皮的弁置換術や経皮的卵円孔開存閉鎖術,経皮的左心耳閉鎖術などに移ってきているようです.確かに,手術リスクの高い高齢者の重症大動脈弁狭窄症に対する経皮的大動脈弁置換術は非常に有用と思います.実質1時間以内の手技で,一瞬のうちに圧較差が消失してしまうのには感動しました.是非日本でも認可して欲しいものです.
日本との違い
当然のことながら,日本とドイツでは数多くの医療システムの違いが見られます.そのうち主なものをあげたいと思います.
まず前述の通り,ドイツでは医師の分担性が明確です.内科系医師の場合,最初の6年間は病棟を中心に,心電図診断,消化器内視鏡検査,腹部超音波検査など基本的検査の手技,診断法を学びます.その後,内科専門医試験を通過した者のみが,専門研修へと進むことが可能です.そこで,angiologyを志した場合には,数年間病棟の指導的役割を果たしながら,血管超音波検査,血管造影などを学びます.その後でようやく希望する医師のみが血管カテーテル治療を施行することになります.そのため,カテーテル治療手技を開始する医師は8年目以降の医師が大半であり,若い時期から手技に携わることも可能な日本とは異なります.ドイツでは,一部の選ばれた医師のみが施行しているといっても過言ではありません.早い時期からカテーテル治療手技を習得できるという意味では日本のほうが良いのかもしれませんが,ドイツでは一部の医師のみがカテーテル治療を施行するため,症例が集まりやすくレベルを高めやすいという利点があります.
また,一般病院には通常の外来はなく外来は全て開業医師が担当します.病院では,緊急患者や紹介患者,自院での治療患者の特殊なfollow upのみを行います.日本のように研修終了後3年目から全ての医師が外来,病棟,検査,治療など全てに携わるのとは全く異なっています.一病院の医師数も多く,紹介状など書類を書く専門の秘書も各病棟に一名以上います.そのため私の目からは,全業務をこなさなければならない日本の医師の方が大変で忙しい印象です.患者さんにきめ細かく対処できるという意味では,その患者さんの経過や背景まで知ることが出来る日本のほうが優れていると思いますが,その分医師の負担は大きいのが現実かと思います.こちらでは,各部門の担当医師がそれぞれ検査結果や治療経過をコンピューターに打ち込むと,自動的に退院時には専門の秘書がそれらを編集して紹介状まで完成させ,医師が最終チェックをするという方式で非常に合理的です.医師は基本的に自分の担当の医療行為だけに集中できます.
当直に関しては,日本では通常業務をこなした後に当直をし,多くの場合は翌日も働かざるを得ず,過酷労働の象徴として問題になっています.しかし,こちらでは平日の当直は一週間同じ医師が担当し,夜出勤して朝帰宅するという,看護師の夜勤と同じような生活を送っています.また,当直医師とは別に遅番の医師が毎日一人おり,その医師は昼に出勤し夜まで勤務し,主に夕方から夜の時間帯をカバーしています.このように,当直医の負担も日本に比べると軽いといえます.病床あたりの医師数が多いためにこのようなことが可能となるのでしょう.ドイツでも数年前までは日本と同じような当直体制が多かったそうですが,EU全体で医師法が統一されてからは,連続労働に対する基準が厳しくなったため,今のようなシステムになったとの事です.
医師の上下関係も明確です.ほぼ全ての病院で科長(Chefarzt),上級医(Oberarzt),一般医(StationarztあるいはAssistenzarzt)の3階級性になっています.日本のように部長や医長が何人もいるということは一般にはありません.一般的には科長は内科系で1名のみ,上級医は各部門で1名から大病院では数名,その他は全て一般医ということになります.各階級で仕事の内容,責任分野,給与体系などの待遇も全く異なります.例えば当直業務は一般医のみが行います.そのため,ほとんどの医師がより多くの優れた技術を身に付け,科長や上級医になることを目指します.科長や上級医になっても数年毎に契約が見直されるそうで気は抜けません.年を取っても一般医では十分な待遇が得られず,しかも一方で,ポストは限られているため,良いポストに恵まれなかった場合には開業していくようです.年を取った一般医というのは見かけません.科長や上級医は一般に公募されるようで,自施設で自動的に昇進するわけではありません.日本の大学病院のシステムに似ており,どちらが優れているかは分かりませんが,トップ医師の方針により各病院の方針が明確となり,公正に人事が行われるという意味ではドイツのほうが良いように思います.
医療器具に関しては,前述の通りドイツではEUの品質検査を通過していれば使用可能であるため,術者が使いたいものはほぼ全て使用できるといっても過言ではありません.もちろん,包括医療保険の範囲内ですので高額なものには自ら制限をかける必要があります.日本では認可が厳しくかつ遅く,他国で安全性が十分に確立されたもののみが使用されるため,患者さんからみれば危険が少ない反面,海外で当たり前に使用できる有用な新規医療器具を使用することもできないのではないかと思うことも多々あります.例えば,ようやく日本でも1種類だけ保険償還された頚動脈ステントですが,こちらでは少なくとも11種類以上のステントが使用可能で,病変や値段に合わせて使い分けることが可能です.日本では第一世代のPRECISE OTWが認可されましたが,こちらではもう既に第三世代のPRECISEが使用されており,もちろんモノレールシステムです.こちらの先生にその事をお話したところ,なぜ使用しづらく,既に改良製品が使用可能なのにあえて古い製品を使用するのかと非常に驚いていました.
今後の日本の医療に求められるもの
医師の過酷労働が叫ばれる昨今,業務を分担することは必須と思われます.外来は開業医師が担い,専門的医療のみを病院で行うようにし,病院間や病院内でも医師の専門化を図ることが重要でしょう.さらに,紹介状や保険会社用の書類書きなどの事務仕事を専門の秘書が担当することで,仕事の効率化,医師の負担の軽減が可能と思われます.全ての業務を全医師が広く浅く行うことは非効率的な方法です.
その延長として,カテーテル治療実施医や実施施設を制限していくことも,効率化と技術の向上のためには必須と思われます.多くの症例数をこなす施設に集約していくことが,各病院の負担軽減と,技術向上や教育のためには良いでしょう.例えば約360万人の人口のベルリンには,24時間対応している心臓カテーテル治療施設が現在19施設あるそうですが,それでも多いと考えられ将来的には12施設に減少させることを狙っているそうです.長野市は人口38万人に対し,このような施設は5施設あり,現状では日本の実施施設がかなり多いことが分かります.当然,その結果として各施設の症例数は減ってしまいます.日本の現状を考えると,かなり実施施設を絞り込む必要があると思われます.そのことにより,実施施設に医師も集約化され,医師が専門的高度教育を受けられ技術向上がより容易になると同時に,患者さんにも高度の医療を安定して提供することが可能になるでしょう.その他の施設の医師にとっては,負担が軽減されるというメリットもあります.私が以前働いていた小倉記念病院のある北九州市では既にそのような方向性となっており,日本でもいくつかの地域では取り入れられている方法です.全国的に見直す必要があると思われます.
また,医療器具の審査過程を早め,海外で標準的に使用可能なものに関しては使用可能にすることも必要と思います.最新のものとは言わないまでも,大多数の国で認可され,有効性が確立されているものに関しては,審査過程を改め,早急に使用可能とする体制が不可欠でしょう.海外で既に使用されないような古い世代の医療器具を,数年遅れでようやく使用可能にするといった現在の状況は世界から見れば滑稽です.
日本の医療システムは,全く土壌が異なるアメリカを手本にしようとしています.一部の人しか保険に加入しておらず,一部の人しか十分な医療を受けることが出来ないアメリカよりは,日本と同じく国民皆保険制度を有しながら,同時に高い医療レベルを誇っているドイツから学ぶべき点は多いように思います.
最後に
留学生活というのは楽しいことだけではありません.言葉が十分に通じず,微妙なニュアンスを伝えることが出来ない歯がゆさや,日本では簡単に頼めるようなことでも,一人で抱え込まなければいけないような苦労もあります.しかしながら,日々学ぶことが多く刺激的で,苦しみ以上に得るものは甚大です.
多くの医師が,海外の医療現場を見て,日本の特殊性を認識し,良い点,悪い点を学びながら,共に日本の医療を良い方向に向けていければ良いと思います.ただ一方で,医療技術や医療器具の扱いの習得に関しては,海外に行かずとも日本で十分に出来,逆に海外から学びに来てもらうような環境を築いていきたいものです.実際,技術的には日本は非常に優れています.それらの技術力に,新規医療器具やシステムの効率化が進めば世界のトップレベルに躍り出ることは間違いありません.
私は,こちらで学んだことを生かし,帰国後は日本の患者さんの治療のために微力ながら尽力していきたいと考えています. この留学に際し,私の勝手な願いを許して下さった院長先生,事務長,星野部長をはじめとする先生方,その他支援してくださった多くの方々には深く感謝しております.
・・・ 2008/04/10








