生殖医療と倫理(院長 木村 薫)
我々の病院では昭和63年より体外受精を始めました。

我々の病院では昭和63年より体外受精を始めましたが、その開始にあたって当院の生命倫理委員会に申請し、承認を得ました。承認にあたっては昭和58年10月に出された日本産科婦人科学会の会告を守ることが条件でした。被実施者は婚姻していなければならないとありました。全く当然のことで、今でも私は夫婦以外の不妊治療を行わず、今後も行うつもりはありません。



ところが平成10年6月6日、下諏訪の某医師が突然、夫以外の精子を用いた体外受精で子ができたことを発表(読売新聞)してから騒動が始まりました。平成10年8月29日、日本産科婦人科学会の評議委員会は、会告違反で除名処分としましたが、その後もこれを無視して治療を続けました。



一方、この医療によって生まれた子の福祉等をめぐって問題が顕在化すると共に、生殖医療にあからさまに商業主義行為の介入がみられるようになったため、平成10年10月、生殖医療補助技術に関する専門委員会が発足、幅広く専門的立場から検討され、平成12年12月22日、厚生科学審議会の先端医療技術評価部会に報告され、基本的に了承されました。その内容は、ある一定の条件下で法制化の上、第3者から提供された精子、卵子を用いての生殖補助医療の外、減数手術も認めるというもので、従来の不妊治療の拡大を大幅に是認するものでした。この内容の多くは下諏訪の某医師が日本産科婦人科学会に対して認めるように要望していたことに他ならず、学会の除名処分は妥当だったのか疑問です。

また、議論の内容が公開されておらず、本当にこのまま決定されてしまっても良いのでしょうか。私にはこの答申はとても重要なことが抜け落ちていると考えざるを得ないことがあります。



ひとつは夫婦や家族のありようについてです。

なぜ子供が欲しいのか、また夫婦の愛の結晶である子供と、夫婦や親子、兄弟の絆についてもっと深く考える必要があると思います。夫婦のどららか一方とだけ血の繋がりがある時、血の繋がりのない一方の気持ちを考えて下さい。



もうひとつは、まったく普通の子供ができるとは限らないということです。

ある一定の割合で染色体異常の子や奇形児が生まれ、また健常に出生しても大きくなって、いじめや不登校、不良になる子もいれば、さらに極端な場合は殺人者になる場合もあります。

血の繋がりがなくてこれらの子供も本当に愛情を持って育てられるのでしょうか。愛情が湧かなくて虐待する親が出てくるかもしれません。



また、近親者から精子をもらうと、戸籍上は親子であっても遺伝的には兄弟であったり淑父であったり、全くややこしいことになります。日本には昔から養子縁組みという制度があり、子供がいない場合は兄弟や親戚の子供を養子にする、私はこれで十分ではないかと考えます。



いろいろ私の考えを、とりとめもなく述べましたが、最終的にはその人の考え、宗教観などによって結論は異なると思います。

今回の答申はもっと国民的な議論をすべきと思いますし、それが本当に正しいかどうか長い年月の経過を見ていかないとわかりません。けれども、皆が認めたとしても、私はやはり不妊治療は夫婦のみで行うべきものでなければならないという考えを変えることはできません。